生活という活動(編集長よりご挨拶)
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生活という活動(編集長よりご挨拶)

はじめまして。
れんげ舎note編集長の志摩彩香です。

今日から普段のれんげ舎の様子を、こちらで配信していきます。

私たちは対外的な事業を行っていますが、人々がありのままの自分で世界とつながるということを目標にしており、「普段の生活」それこそが活動でもあるからです。

まずは、私の自己紹介も兼ねて、なぜ「自分たち自身」を発信することになったのか、ありのままをお話ししたいと思います。

残りの人生の長さへの絶望

子どもから大人になる過程で、いろいろな学びがありました。経験してわかったこともあるし、親や先生や社会から教わったこともあります。

振り返ってみると、自分の場合は、深くは吟味せずに「人生ってそういうものだからね」と選択・決断をしてきたように思います。

もちろん、当時はちゃんと悩んで、ちゃんと選んでいたつもりでした。
自分は将来何がしたいんだろうと悩んで進学先を選んだし、自立できるようにスキルを身につけたし、就職も結婚も出産もしました。

それなりに満足もしているし、経済的にも人間関係にも大きな問題はない。人から見ても「まあ幸せな人生」だったと思いますが、辿りついてみるとこう思いました。

「え、それで?」

人はいつ死ぬかわからないとはいえ、残りの人生の長さにちょっと立ちすくんでしまうような感じでした。

「贅沢な悩みだよね」と言うけれど…

「でも、それは贅沢な悩みだよ。」

と人から言われたことがあります。
いわゆる「まっとうな人生」のレールに乗っていて、マジョリティだし、トラブルもないとなれば、それは「いい人生」とみなされる。ちょっとの我慢は生きていくうえで仕方のないことだから、その悩みは贅沢。

頭では自分でもそれもそうだと理解していたので、自分にそう言い聞かせていた分、ふとした時に気分が落ち込むと、自分自身も含めて誰もわかってくれないという孤独感もありました。

生活全体の再構築に着手する

「これは、“やること”がないとまずい…。でも、“やりたいこと”なんてない…!」

出口の見えない落ち込みと、残りの人生の長さへの絶望から葛藤が続き、無理にでも何かしようと、怠け者ながらもちょっとずつ動いていた時に、れんげ舎に出会いました。

「自分らしくある」とか、「ありのままで生きる」とか、今となっては特に新鮮味もない言葉ですが、本当に実践している人から聞くその言葉には希望がありました。

灯台もと暗しとは言いますが、自分が「普通」だと思っていたことは、一体いつから「普通」になっていたのだろうと、フラットな視点が生まれたことで、私の生活の再構築が始まりました。

私が私でいるための実践

仕事や人間関係をまるごとリセットしたいとまでは思っていないけれど、今のままでは自分は満足できない。でもそれは、どんな場でも自分が自分として振る舞うという実践をしてみたことで、周りに広がっている世界が調整され、改善していきました。

実践といっても一体何をしたの…?と思われるかもしれませんが、それは人それぞれ中身が違うと思います。人は一人一人違うし、人間関係や場も人の数だけ存在しているからです。

***

そんなわけで、このnoteでは、日々、自分の実践をしているれんげ舎のメンバーのことや、普段は見えない活動の裏側にある日常をちょっとずつお届けしていけたらと思っています。

自分なりの実践って何なのかを探るヒントになったり、れんげ舎の非常識感(?)なども単純に楽しんでいただけましたら、幸いです。

これから、どうぞよろしくお願いいたします!


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