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「主催者教育」について私たちが考えたこと(対談:主催者教育①)

あなたは「主催者」の立場を経験したことがありますか?

「主催者教育」という言葉は耳慣れないかもしれませんね。それもそのはず、これから私たちが新たに作り上げていく教育体系だからです。この連載は、その第一歩として、3つのNPOの代表者が集まり対談した記録です。

ひとつの場には「主催者」と「参加者」の2つの立場があります。主催者がその場の趣旨やルールを決め、参加者はそれに従います。これが両者にとって幸せな場合もありますが、「この場は自分に合わない」「ここを居場所だと感じられない」という人も多いでしょう。

とはいえ、他人が作った場が自分に合わないのは、考えてみれば当然のこと。でも、もし立場を参加者から主催者にシフトできたらどうでしょう?

主催者になることは、日本社会では少し特別で変わったことと思われがちですが、実は誰でも望めば主催者になれるし、そうあるべきなのです。

大きく言えば、主催者になることは、人生の主人公になること。参加者よりも主催者の方が、比較にならないほど楽しい! その楽しさと可能性を、この対談を通じて共有できたらと思います。

【連載対談:みんなでつくる主催者教育】
連載1本目:対談について+「主催者教育」について私たちが考えたこと
連載2本目:主催者が一番ご機嫌
連載3本目:場の均質化の問題
連載4本目:万能な場は存在しない
連載5本目:自治って文化
連載6本目:主催者の知恵を集めていこう


なぜ「主催者教育」が必要だと思ったか

長田:今日は「主催者教育」をテーマに対談したくてお集まりいただいています。初めに主催者教育ってどんなことなのかをお話します。

主催者教育というのは、「主催者」を育てるための教育。主催者と参加者がいたときの、その主催者の方を育てていくにはどうしたらいいのかを体系化するものです。まだ存在しないので、これからそれを作ろうというわけです。

なんでそれを思ったのか、僕の自己紹介を兼ねてお話したいと思います。僕は「場づくり」を仕事に長年活動しています。なんで「場づくり」をしたのかというと、あんまり世の中に自分が合う場がないから(笑)。学校にしても、一般的な会社にしても、自分が自分らしくいられるようなぴったりくる場がなくて。なので自分にとって居心地がいいような場を自分で作らないと、ずっと居心地が悪いまま生きていかなきゃいけない。そう思って、やむにやまれず自分で場を作って、20年くらい実践してから体系化して、伝える仕事を始めました。

長田英史(おさだてるちか)/NPO法人れんげ舎代表理事

場づくりって、その場に参加する側から作る側に回ること、つまり主催者になることだと思うんです。いろんな人たちに主催者になってもらいたいと思って、主催者教育というのを思いつきました。でも僕だけではどうにもならないので、一緒にやりたい人たちに今日は集まってもらっています(笑)。自己紹介をお願いできますか。

それぞれの出発点

森:はい、こまちぷらす森です。まず、簡単に自己紹介をしたいと思います。こまちぷらすなのですが、「子育てをまちでプラスに」ということを合言葉に活動している団体で、子どもを育てることをいろんな人たちとやっていくっていうのが当たり前の社会になったらいいなと思って活動しています。事業がいくつかあるうちのひとつが、カフェ型の居場所を作るということなんですね。なぜカフェなのかっていうのが、たぶん今日のテーマにも繋がってくるかなと思うんです。カフェって、私にとってはいろんな人が関われる、その「関わりしろ」に溢れている場だなと思ったんですね。(「関わりしろ」=のりしろみたいに関われる部分がたくさんあること)

大学時代に新潟の魚沼で地元の人たちと東京から来た若者たちと一緒に一日だけカフェを作ることをしたのが、初めてカフェっていう場の力に触れた時です。その時にカフェの関わりしろのすごさみたいなのに気づいたんですね。カフェって、ごはんを作るでもいいし、音楽を奏でるでもいいし、ただそこに座って手拍子してるだけでも良い。喋っても喋らなくてもいいし、そこにいるだけで何かしらの参加ができる場。どっちがホストでどっちがゲストか分からなくなるような境界線を曖昧にする感じがすごく好きだったんですね。

森祐美子(もりゆみこ)/認定NPO法人こまちぷらす代表

もともと自分は団体を立ち上げるとか「主催者」側に一番遠いところにいたと思っていて、「そういうことあんまりしないだろうな」とか「そういうタイプじゃないな」って思ってたんですけど、どうしてもやりたくなっちゃった。やりたいっていう”will(ウィル)”があったというよりは、何か突き動かされて後ろから押されていつの間にか結果的にやってたっていう感じ。あっち側に行かないだろうなって思ってた方に行っちゃってたっていう、その感じがすごく今後のテーマを考える時に大事なのかな?と最初に思いました。

長田:越境して主催者になったということですね?

森:そうそう。でもすごい強い意志を持ってやるぞ!という意思をもって越境したのではなくて、「この素敵な場所をみんな知らないなんてもったいない!」「この人たちのことをたくさんの人に知ってほしい!」というそういう感覚に動かされた感じです。

長田:ありがとうございます。それでは続けて…

安達:はい、NPO法人コモンビート代表の安達亮です。コモンビートは表現活動で自分らしく・たくましい人を増やして多様な価値観を認め合う社会を実現したいと願ってずっと活動してきました。

安達亮(あだちりょう)/NPO法人コモンビート理事長

主には100人100日ミュージカル®︎プログラムを全国で実施しています。100人の一般市民を公募し集めてきて、100日間の土日祝日週末に練習して作品を自ら作り上げるその過程が異文化理解のプロセスになっているというものになります。主催という意味では、年間52週のほとんどの週末で100人が参加する練習の場を作っていますし、1000~1500人規模の大ホールでのミュージカル公演もそのひとつですね。

主催者教育ということでお招きいただきましたが、主催者的な考え方ってすごく自分自身もずっと付き合ってきましたし、それを深めていける今回の取り組みが面白いなと思っています。

森さんは越境して主催者側に入った話をしていましたけど、僕は性格的に主催する方に最初からいたみたいな感じです。幼稚園から大学まで、全部同窓会の幹事をしてます(笑)。飲み会の幹事も「自分でやります!」と言ってしまいます。誰かが手を挙げにくいのであれば、自分で手を挙げちゃう。好きな会場で好きな人たちに呼びかけて、好きな料理、好きな雰囲気、全部自分で決められるのが主催者のいいところだなと思ってます。なので、全部主催しちゃうっていう方が、自分らしくいられるっていうことに繋がるかなと思っています。

上滑りして嘘っぽくなっちゃう問題

長田: 僕がお二方に声をかけたのは、声をかけやすかったのもあるんですけど(笑)、世の中的に、場づくりもカフェも居場所も全部そうなんですけど、すぐに上滑りして嘘っぽくなっちゃうっていう問題があると思うんです。形を整えるためのテンプレートやテクニックの切り売りが増えて、結局似たようなものばかりになっちゃう。「均質化」って呼んでるんですけど。

似たようなものだったら作らなくてもよくない?とも思うんです。既存の場に参加させてもらえばいいんだから。ないものをゼロイチで作っていくっていう主催精神からするとちょっと違うかなぁって思うんですね。その結果、上滑りして嘘っぽくなっちゃうという問題について、お二人なら分かってくれるんじゃないかと勝手ながら感じています。

例えば、こまちぷらすの「カフェ」は、準備段階、スタッフどうしの関係性がそのまま現場に表れるっていうすごくシビアなものじゃないですか。ワンプレートを作るのにも膨大な手間暇がある。体育会系的なところもないと料理作れないみたいなのもあるので、森さんたちはそういうことをしながらソフトのことをやろうとしてる。

コモンビートの市民ミュージカルは、プロの真似事とは違う。プロのような舞台でプロのようなミュージカルが見られるんだけど、プロっぽくやろうっていうことよりは、自分らしくやってくれよっていうか、ここがすごく面白いところだと思うんです。ミュージカルを舞台として成立させるっていうシビアなところに責任を持ちながら、どうやったら自由に自分らしくその人が輝けるのかみたいなテーマって、上滑りして嘘っぽくなっちゃうっていう問題に対して多くの示唆があると思うんです。

3人だけで喋ってしまったので、「なんで呼んでくれなかったんだ!」って人たちからもご連絡いただけると思っています(笑)。というわけで、ここまでがイントロです。

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【連載対談:みんなでつくる主催者教育】
連載1本目:対談について+「主催者教育」について私たちが考えたこと
連載2本目:主催者が一番ご機嫌
連載3本目:場の均質化の問題


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